その他

12月27日(日)・・・『北岡道場杯&納会』を開催した

世の中、こんな状況やから・・・ご父兄の方々は、マスクを着用してくれとった

 

『第15回 北岡道場杯』の試合結果は・・・

Aブロック

優勝・・・BIBI

準優勝・・・オネエ

第3位・・・アホのキャプテン

第3位・・・煌KIRISAWA

 

 

Bブロック

優勝・・・大統領

準優勝・・・久保田

第3位・・・小僧

第3位・・・子地蔵

 

ほんで・・・

スーパーチャンピオン(Aブロック、Bブロックの優勝者同士の覇者)は・・・BIBIやった

 

 

マフィアの部

優勝・・・承吉

準優勝・・・B太

第3位・・・チン太郎・遼・やすお

 

 

レディース&悪党の部

優勝・・・心優

準優勝・・・BIBI

第3位・・・琳ちゃん

第3位・・・煌KIRISAWA

 

 

ギャングの部

優勝・・・大仏

準優勝・・・柊SAKAMOTO

第3位・・・小僧

第3位・・・仮病結月

 

 

見習いギャングの部

優勝・・・皓KIRISAWA

準優勝・・・チュン太

第3位・・・柚MORISITA

第3位・・・KOKOHA

 

 

ちびっこギャングの部

優勝・・・朔KIRISAWA

準優勝・・・TATSU

第3位・・・子猿

第3位・・・朝陽

 

 

豆ギャングの部

優勝者・・・子豆・ベーダー・チビココ・咲愛たん

 

・・・・・ちゅう感じやった(^^)

 

 

ほんで・・・

今年の「賞」は・・・・・

 

『最優秀賞』・・・唯斗(中3)

柔道初段、剣道弐段、しゃべり8級(笑)の・・・この男

夏を過ぎて、高校受験に向けての勉強をせなアカン時期にもかかわらず・・・ずっと、道場に来てくれて、後輩の面倒を見てくれながら、自分自身の練習もきっちりとやる

先にも記したけど・・・剣道弐段・・・中学校の部活で剣道をやりながら、中学3年間、北岡道場に通い続けてきた

確かに、柔道の結果っちゅう「結果」は残ってへん

せやけど・・・

俺の云う・・・柔道「も」、剣道「も」、勉強「も」・・・を、身を以て実行してきた、唯斗

素晴らしい、「最優秀賞」やと思います

俺は・・・あなたを、心から誇りに思います

ありがとう!

ほんで・・・おめでとう! 唯斗!

 

 

『優秀賞』・・・樹梨っぺ(中2)

昨年の「敢闘賞」に続いて・・・今回は「優秀賞」

遠くから通ってるから、お母さんの仕事の都合で道場に来られへんことが時々あるけど・・・来てくれた時は、率先して、ちっちゃい子たちの面倒を見てくれて・・・5~6年生の悪タレ連中のことも、きっちりイジメてくれる(笑)、お姉さん的存在

何を隠そう・・・恭佑(現:柴田高校3年)の妹

恭佑を思い浮かべてほしい

恭佑は・・・3頭身(笑)

樹梨っぺは・・・8頭身(???)

スタイル抜群の、将来有望な52㎏級

おめでとう! 樹梨っぺ!

 

 

『努力賞』・・・KAIちゃん(小4)

彼も・・・ご両親の仕事の都合で、練習に来られへんことはあるけど、一生懸命「背負い投げ」を、自分のものにしようと努力してる子

元ちゃん(現:仙台三校2年)の弟

ちなみに・・・またまた、元ちゃんのことを思い浮かべてほしい

元ちゃんも・・・恭介と同じく、3頭身(笑)

KAIちゃんは・・・メッチャ小柄で、元ちゃんの片足くらいしかないくらいの体格

年中さん?の頃から、道場に通い始めたKAIちゃん・・・素晴らしい「背負い投げ」を持ってる子

どうか、この先も柔道を続けてもらいたいと願う

おめでとう! KAIちゃん!

 

 

『努力賞』・・・寛治朗(小3)

いつもニコニコして、朗らかな・・・この少年

せやけど・・・結構、悪い奴(笑)

ただ・・・子供の頃は、「いい子」にちっちゃくまとまらんでも、俺はいいと思ってる

ちょっと、陰に隠れて悪さをするくらいが、丁度いい

運動能力が高くて、ヒロ(同級生)に負けじと、一生懸命頑張ってる

彼の「袖つり込み」と、投げられまいとする体の捌き(柔らかさ)には驚かされる

是非とも、ヒロはじめ、同級生たちと切磋琢磨して・・・

今の6年生の奴らのような、素晴らしい「仲間」であり、「ライバル」でありっていう、羨ましくなるような関係を築いてほしい

おめでとう! 寛治朗!

 

 

『努力賞』・・・里苑(小6)

高学年になってから、道場に入会してきたから・・・まだまだ、身体も出来上がって変へんし・・・

おまけに、今年はコロナの影響で試合もあれへんかったから・・・彼女自身、心身共に成長する場所を自分では見出されへんかったかも知れへん

せやけど・・・中学年の男の子の追い上げを受けながら、何とかしようと一生懸命になって頑張ってる

北岡道場に入会せえへんかったら・・・きっと、今のような「環境」?には、一生で会えへんかったかも知れへんけど・・・

出会ってしまった以上・・・出会う前には戻られへん!

是非とも、中学校んに進学してからも、柔道を続けてもらいたい!と願ってる

おめでとう! 里苑!

 

 

『努力賞』・・・隆盛(小3)

銀ちゃんの弟・・・好誠のお兄ちゃん

実は、この男・・・昨年、「柔道を辞める」って言いだして、ひと騒動を巻き起こした

物事を途中で投げ出すっちゅうことは・・・また、どっかで同じことを繰り返してしまうと俺は思ってるから・・・

精一杯、彼に想いを伝えた

おまけに・・・「仲間」が、練習前に誘いにいったりしてくれて・・・渋々(澁谷だけに(笑))、道場に来てた時期があった

せやのに・・・そんなことはどこ吹く風・・・

今年は・・・周りの子たちを差し置いて、一生懸命一生懸命、生き生きと頑張っとった

まだまだ、身体に力はあれへんけど・・・ポテンシャルは、素晴らしいもんを持ってる

是非とも、「柔道を通じて、大切な何かを学んでほしい!」

おめでとう! 隆盛!

 

 

『努力賞』・・・律希(小4)

まだまだ、進化途中の小学4年生

オラオラっていう性格でもないし・・・どっちかっていうたら、道場の中では引っ込み思案な方かも知れへん

せやけど・・・痛くても、歯を食いしばってたり・・・しんどくても、泣き出せへんかったり・・・悔しい時も、目に涙をためながら、精一杯我慢してたり・・・

そんな彼の姿を、俺は知ってる

せやから・・・今年、どうしても「努力賞」を上げたかった

上級生に、追いつけ!追い越せ!

同級生に、負けるな!

来年も、北岡先生と遊ぼうな(^^)

おめでとう! 律希!

 

 

『努力賞』・・・柚(小5)

この男・・・1年3ヶ月前、道場に来始めた頃・・・学校に、よう行ってへんかった

理由は、詳しくは分かれへんけど・・・年間のほとんどが、自宅待機(笑)

せやけど・・・柔道は、全く休めへん

それどころか・・・心身ともに、素晴らしい進化を遂げてくれた

「俺(北岡先生)とつながってたいと思うんやったら、将来を見越して、なるべく学校に行け」

そんなやり取りから始まって・・・今は、ほとんど学校に行くようになった(たまに、「休みました」って、俺に報告しに来るけど(笑))

何か、一生懸命になれることがあるとええんやと思う

真っすぐな目ん玉で見てくれる、誰かがおればええんやと思う

頑張れ! 応援してる!

おめでとう! 柚!

 

 

ほんで・・・

新キャプテンの発表

『煌 KIRISAWA』

 

今年は・・・副キャプテンはなしで、「煌」ひとりに任せようと考えた

彼は・・・道場の中でも、群を抜いて一生懸命取り組む子

せやけど・・・自分の意見を、はっきりとよう言わんかったり・・・みんなと遊んどっても、みんなにくっついていくことの方が多く見受けられるくらいやから、リーダーシップは欠けるんやと思う

せやから・・・あえて、単独で「責任」を抱えてもらおうと考えた

 

2021年の「納会」時には・・・どんな少年になってくれてるんか?

楽しみにしとくわな・・・煌!(^^)

 

 

 

こんな情勢やから・・・詳しくは記載せえへんけど・・・

道場生、卒業生、父兄含め・・・皆、無事に一年を締めくくることができて、ホンマに良かった

 

 

 

最後になりましたが・・・

恭佑、海士、恭太、清春、健之介、心颯をご指導いただきました・・・柴田高校柔道部監督 狩野先生

瑛美をご指導いただきました、また、悠葉のことも、未だに気に掛けてくださいます・・・東北高校女子柔道部監督 佐藤明代先生

また、同様に、悠葉共々ご指導いただいております・・・東北高校女子柔道部コーチ 相澤実希先生

凜杜をご指導いただきました・・・宮城農業高校柔道部監督 丹野先生

遠藤沙季を、ご指導くださいました・・・仙台大学柔道部監督 南條先生ご夫妻

いつもいつも、コンタクトを取ってくださいます・・・凌門塾代表 佐々木先生

今年は、コロナでお会いできなかったですが、いつもお世話になっております先生方

(順不同)

今年も、大変お世話になりましたこと、心より御礼申し上げます

ありがとうございました!

 

 

ほんで・・・

最後の最後になりましたが・・・

北岡道場、また道場生・・・そして、私(北岡)、また明美のことを・・・

陰で支えてくださる、北岡道場のご父兄の皆様方には・・・心より感謝しております

また・・・

道場生は、もちろんのこと・・・OB&OG達も、分け隔てなく温かく迎え入れてくださる、皆様方のスタンスに、心よりお礼申し上げます

ありがとうございました!!

 

最後に・・・

道場生諸君!

OB&OG諸君!

今年一年も・・・お前らと過ごせて、メチャメチャ楽しかったわ

それと・・・

「北岡先生」でいさせてくれること・・・感謝してる

お前らが、おれへんかったら・・・

俺は・・・ただの「オッサン」・・・いや・・・「爺さん」やからな

ホンマ、ありがとうやで(^^)

 

 

 

 

もうちょっとで・・・2020年の幕が下りる

今年は・・・

コロナウィルスっちゅうもんがあって・・・「もう、みんな(道場生、OB&OG、父兄の皆さん)と一緒に柔道ができへんようになってまう・・・ほんで、会われへんようになってまうんとちゃうか?」って、本気で考えた

 

せやけど・・・なんとか、今もみんなといっしょに同じ時間を共有できてる

「「当たり前」なんかない!」っちゅうことを・・・あらためて実感させられた年やったよ

 

 

年が明けて、春を迎える頃・・・

承之介、紳太郎、唯斗が・・・北岡道場を巣立っていく

 

皆それぞれ・・・新しいステージで、勝負していきよるやろう?

それまで、あと3ヶ月間だけ・・・「息子」でおってくれよ

なっ!

承吉!

チン太郎!

やすお!

 

 

いずれにしても・・・

皆さんと過ごせて・・・今年も、メッチャおもろかった!

ありがとう!

 

Bye Bye 2020!

 

We Can Do It!

Yey!!

12月9日(水)・・・俺は、50歳になった

 

ずっとずっと昔・・・戦国時代やったんかな?

「人生・・・50年」

そない言われてた時代があったと聞く

 

俺は・・・その50年、そう50年という月日を生きてきた

いや・・・「生かされてきた」

 

 

昨年くらいから・・・「仏教」の世界にのめり込んで・・・

独学で、「仏教」っちゅうもんを学ぼうと努力してる

 

 

日々・・・心の中で、仏様に手を合わせるのは、もちろんのこと・・・

休日、時間さえあったら、お寺や観音堂などに足を運んでは・・・

仏様の前で・・・手を合わせて、念じてくる

 

決して・・・仏様に、お願い事をしてくるんやなくて・・・

仏様の目を見て、念じてくる

 

 

「念じる」

これは、ある方から学んだことやねんけど・・・

「念」っちゅうのは・・・「今」の「心」って書く

 

そう・・・

「今」、俺の「心」の中に思い描いてること・・・

「今」、俺の「心」に中で決意したこと・・・

そういうもんを・・・仏様の前で、お経を唱えて「念」じてくるねん

 

そないすることで・・・

己自身で、己自身を戒めることができる

 

ある意味・・・そうでもせんと、まったく人間ができてへんもんやから・・・

俺一人の力(俺の心の弱さ)やと・・・己自身で、己自身を戒めることなんか到底できるはずがない

 

 

最初は・・・

今まで(若い頃)の悪事を、帳消しにすることはできへんにしても・・・

「良い心を持つことによって・・・若い頃に、悪いことをしてきたことの帳尻を合わせ」くらいの気持ちで・・・いろんなことを学び始めた

 

せやけど・・・

深くのめり込めば、のめり込むほど・・・違うもんが見えてきよる

・・・っていうより・・・違う角度から、物事を見るようになってきた

 

「子育て」にしても然り・・・

「幸せ」っちゅうもんにしても然り・・・

「親の行動」にしても然り・・・

あらゆるもん、すべてが・・・「仏教」に相通じるもんがあるんやなぁ?って・・・

そない・・・感じた

 

中でも・・・

一番、心を打たれたのは・・・

「何かの「命」が・・・俺の「命」を支えてくれてる」っていうこと

 

当たり前っていうたら、当たり前のことなんかも知れへんけど・・・その当たり前のことを、あらためて深く考えることなんか、今までいっぺんもあれへんかったから・・・

そういった部分では・・・限りなく、考え方が変わった気がする

 

 

 

せやから・・・っちゅう訳やあれへんけど・・・

最近、俺は・・・ずっと考えとった

 

「人生50年」

50歳まで「生かされてきた」・・・この命

 

(50歳を機に)この先は・・・

誰かのために、この「命」を使うことができへんもんか?って

 

 

 

そんな風に考えとった矢先やった

 

その12月9日(水)・・・

道場生とご父兄の方々が、俺の誕生日をお祝いしてくれた

 

50歳にもなって、我が子以外(我が子でさえ、ないかも知れへんのに)の人に・・・誕生日を祝ってもらえるなんて、こんなに幸せなことはあれへんよな?

 

この上ない「感謝」の心を持ちながら・・・

この先、「彼らに、俺のできることを、精一杯させてもらいたい」って、あらためて思わせてもらった・・・50歳の誕生日やった

 

 

 

道場生諸君!

ほんで・・

ご父兄の皆様方!

毎年毎年、どこの馬の骨かもわからんようなオッサン(いや、爺さん)の誕生日を祝っていただけること・・・

心から感謝しております!

ありがとうございました!

 

 

 

 

さぁ・・・

2020年・・・残す行事は、「北岡道場杯&納会」のみ

 

コロナに始まって・・・コロナ一色やった・・・2020年

何事もなく・・・無事、新年を迎えられるように・・・

今一度、気を引き締めて、「辛抱」をしようやないかっ!?

 

We Can Do It!

Yey!!

元気出していこう!

READY! GO!!

「人生」っていう・・限られた時間の中で、手に入れた・・・

たくさんの『宝物』を引っ提げて・・・

俺は・・・やがて、『先祖』になる!

 

 

人生は・・・『宝さがし』

 

 

We Can Do It!

Yey!!

10月15日・・・ALSOK(綜合警備保障)で勤めてた時の同僚のノリ(今でも、ごっつい仲良し)から、電話があった

 

ノリ:「耕太郎・・・関東方面から、連絡あった?」

俺:「いや・・・ないで(あぁ、ええ連絡じゃないな?)」

ノリ:「今井信さん・・・亡くなったらしいよ」

俺:「・・・・・・・・・・・・・・・」

ノリ:「耕太郎・・・固まるなよ」

俺:「・・・・・・・・・・・・・・」

 

大切な人(今井次長)の訃報やった

俺とノリが若い頃(そう、生意気盛り全開の時)に、お世話になった上司の方(今は、ALSOKの取締役やから、メチャメチャすごい方)の訃報やったねん

 

ノリ自身も・・・若い頃に、ALSOKを退職して(今は、介護施設を運営する会社を立ち上げてる)るから・・・

情報としては・・・「不確かな情報なんだけどね・・・」っていうことやった

せやから、俺は・・・すぐに、ALSOK本社の人事部に連絡をして、己自身の耳で確かめた

 

 

現実・・・・・やった

 

 

 

俺は・・・若い頃、これでもかっ!っていうくらい・・・生意気な若造やった

「最近の若者は・・・」

 

営業マンは、毎月一回、営業会議っちゅうもんがあって・・・そこで、その月の契約実績を発表する(「今月の契約は、〇件です  来月の見込みは、〇件です」ってな感じでな)

俺は・・・その営業会議っちゅうもんほど「アホらしくて、くだらんもんはない!」って思ってた(若気の至りですな(^_^;))

 

その営業会議中(営業マンが50名ほど集まった会議  もちろん、支社長、次長、営業課長も出席される)・・・

ノリと営業情報(やったかな?)の話をしとった(「他の営業マンの契約件数を聞いて、何になるねん!?」って、本気で思っとったからな)

 

そしたら・・・当時の横浜支社の次長が・・・

「なんだ! 新横浜事務所!(俺とノリのこと) 話を聞かないんなら、帰れ!(怒)」

そない・・・仰られた

 

普通やったら・・・

「申し訳ございません」って、なる場面なんやろうけど・・・

 

俺とノリは・・・

「おっ、帰ってええんやってよ!? 帰ろうぜ!」

そない言いながら・・・会議室から、普通に「失礼しま~す」っていいながら、帰ってしまうような、クソ生意気な若造(達)やった

 

「営業マンは、営業成績を上げてナンボや! 先輩やろうが、上司やろうが・・・なんも言わせへんくらいの結果を出したらええだけの話やろ!?」

若気の至りとは、ホンマに恐ろしいもんで・・・俺は、本気でそんな風に考えとった時期があった

 

 

その後・・・

新横浜事務所は・・・「横浜北支社」に格上げされる

横浜アリーナの裏に、自社ビル構えて、新たなスタートを切ることとなった

俺が・・・24歳の時やったかな?

 

当然・・・支社に格上げになるからには・・・支社長はじめ、次長、営業課長、総務課長etc・・・が、新たに配属されることになる

事務所長を筆頭にした、12~13人ほどの体制とは大きく異なり・・・支社のワンフロアでさえ、100人規模の大きな所帯になる

 

俺とノリは・・・

事務所体制の中・・・好き放題、やりたい放題で、仕事をしとったから(悪い意味じゃなくて・・・誰に管理される訳でもなく、朝から晩まで、徹底して営業活動に打ち込めたっちゅうことやで)・・・

「支社になったら・・・また、新しく配属される上司たちと、やり合わんとアカンのかなぁ?」って・・・

そんな話を、ようしとった

 

 

そんな中・・・「横浜北支社」立ち上げ

 

そこで、出会ったのが・・・「今井次長」やった

 

今井次長は・・・俺より、13~14歳上の方

当時・・・37~38歳くらいやったと思うけど・・・その年齢での次長ポストは、異例の出世やったと聞いた

 

 

そんな、出世街道まっしぐらの方やったけど・・・

今井次長は・・・決して、俺(ら)のことを「色眼鏡」で見ることをせえへんかった

「アホ」を、当たり前に「アホ」って蔑みながらも・・・分別することなく、俺に接してくれた

要するに・・・「いち個人」として、俺の「個性」を見てくれた

 

尖ってて、上司の言うことは聞かへんけど・・・営業成績は、抜群にいい(自分で言うのは烏滸がましいけど、どうか許してほしい)

上席の方からしたら・・・大概、扱いにくくて、ややこしい社員やったと思う

 

そんな俺を・・・

「上手く扱おう」っていう感じで・・・おだてて、持ち上げながら接する訳でもなく・・・

「アホ」を、当たり前に「アホ」と蔑んでくれた

 

ある日の朝・・・俺とノリがデスクに座って話してた時・・・

今井次長が、出社されてきた

左手にカバンを持って、右手はズボンのポケットの中・・・

なんか、足払いをするような仕草をしながら、床を見ながら・・・「耕太郎! ノリ! 耕太郎! ノリ!」って繰り返し、俺らの名前を呼んでる

「なんすか? 次長!」

そない言うた俺らの顔を見て、今井次長・・・「なんだ、そこにいたのかよ? 床に落ちてるゴミが、お前たちかと思ったよ(笑)」

そう言うて・・・俺らのことを、蔑み、ゴミ扱いして笑っとった(今やったら、完全にパワハラっちゅうやつなんやろな?)

 

せやけど、その反面・・・

「お前(耕太郎)には、お前の良さがある!」

「お前にしか、できないことがある!」

そうやって・・・いつも、俺を認めてくれた

 

認めてくれてるのが、心に伝わってたからこそ・・・俺は、そんな今井次長が大好きやった

 

正に・・・俺にとっての「金八先生」やった

(後に・・・ALSOK退社時、「今井次長は、私にとって「金八先生」でした! ありがとうございました!」って、手紙を書いたことを思い出すよ)

 

 

 

俺が、ALSOKを退職する時も・・・

今井次長は・・・

「お前なら、大丈夫だよ!

でも、もしも・・・もう一度、俺といっしょに仕事がしたいと思ったなら、戻ってこいよ

その時は、俺が上に掛け合ってやるから・・・

お前とだったら、もう一回、いっしょに仕事がしたいと思うよ」

そない・・・言うてくれた

(当時、ALSOKは・・・いっぺん退社したら、再度入社することは不可能やったと思う(今は、どうか分からんけど))

 

それは・・・今井次長の優しさやったんやと思う

 

どんだけ、頑張っても・・・どんだけ、努力しても・・・

思い通りになれへんことは、山ほどある

その思い通りになれへんかった時(要するに、失敗した時)には、俺のとこ(古巣(ALSOK))に戻ってこい!

 

今井次長は、全部は語らんかったけど・・・俺には、そない言われてるように聞こえた

 

嬉しかった

メチャメチャ・・・嬉しかった

 

 

せやけど、その反面・・・

この先・・・この人の「漢気」に、甘えてしまうような人間に成り下がるようじゃ・・・俺は、アカン!

何としてでも・・・数年後、「ええ立ち姿勢」で、この人に会えるようにせなアカン!

そない・・・心に決めた瞬間でもあった

 

 

専門学校に通っとった・・・3年間

整形外科で修業しとった・・・1年間

接骨院を開業して、当初の1~2年間は・・・

俺自身も、毎日毎日、全力で走り続けとった時やったから・・・

今井次長に、連絡をさせていただくことはできへんかった

とにかく、己自身の足場を固めるのに必死やった時期やし・・・

まだまだ、今井次長の「漢気」に胸を張れるような状態ではあれへんかったからな?

 

 

 

それから、数年が過ぎて・・・

接骨院、道場、会社を立ち上げて・・・日々、忙しく動いとったある時・・・

仕事のついでやったんやろうけど・・・

「仙台に来てるんだよ! いっしょに、飯食おうぜ!」

今井次長は・・・そない、俺に電話をくださった

 

俺自身が、「この状態やったら、今井次長にお会いできるんかな?」っちゅうタイミングを、見計らったように・・・ご連絡をくださった

 

いっしょに、飯を食いながら・・・

その時も・・・

「お前なら、大丈夫だよ!」

そう言って・・・今井次長(その時は、もう部長になってたんかな?)は、笑っとった

 

 

その後・・・

今井次長は・・・大出世なさって、東京(現在は、ALSOKの取締役で、子会社の代表取締役社長を兼任なさっとった)勤務

もちろん・・・俺は、このとおり、仙台におる

 

せやから・・・なかなか、お会いする機会はなかったけど・・・

年に数回、電話で近況報告を兼ねて、連絡はさせていただいとった

 

昨年も・・・

REN(長男)の就職の件で・・・ご相談させていただいた際・・・

学生っちゅう立場で結婚して、子供まで生まれてくるRENのことを、包み隠さんと伝えてんけど・・・

 

今井次長は・・・

「お前の息子だったら、大丈夫だよ!  お前と同じ性格してんだろ!?  どんな状況でもやり遂げるよ!」

そない言いながら・・・電話口の向こうで、笑っとった

 

 

 

今年の春先・・・

「息子の勤務地が仙台になって、戻ってきました」

そない連絡させていただいたのが・・・今井次長との最後の会話になってしもうた

 

 

 

 

俺自身・・・今年50歳になる

年を重ねる毎に・・・

お世話になった方々が、一人、また一人と、「あちらの世界」に旅立たれる

 

ボクシングで、お世話になった・・・『筋野トレーナー』

『師匠』が残してくれたもの・・・

 

ガキの頃から、お世話になった・・・『隆勇のお母ちゃん』

もう一人の『お母ちゃん』

 

ほんで・・・『今井次長』

 

 

俺は・・・たくさんの人からの、溢れんばかりの『恩』を受けて、今まで生きてきた

いや・・・・・「生かされてきた」

 

せやから・・・

「「生かされてきた」この命を・・・この先は、誰かのために使いたい」

最近・・・そない考えるようなってきた

 

おまけに・・・

大切な人が、俺の前からいなくなる度に・・・

そういう想いが、なおさら強くなっていくんが・・・自分の中で手に取るように分かる

 

 

 

筋野トレーナーにも・・・

隆勇のお母ちゃんにも・・・

今井次長にも・・・

もちろん・・・

お父ちゃん、お母ちゃんはじめ・・・

俺を支えてくださった、たくさんの方々に対しても・・・

この先、『恩返し』なんていうもんは・・・きっと、できへんのやと俺は思ってる

 

せやからこそ・・・

「次の世代の人たちに・・・「生かされてる」この命を、使うことができたらええなぁ」って・・・そないな考えに行き着くんやろな?

 

ええ言い方をしたら・・・

『利他行』

・・・・・っちゅうやつなんかな?

 

 

 

 

「死」

それは・・・誰しもに訪れるもんであって・・・紛れもない「真理」や

ナンボ金を積んでも・・・どんだけ藻掻いても・・・その「真理」は、誰にも変えることはできへん

「こちらの世界(此岸)」と「あちらの世界(彼岸)」は・・・紙一重

たった一瞬の時によって・・・「あちらの世界」に導かれる

 

 

昨年くらいからかなぁ?

「仏教」っちゅうもんを、己自身で学ぼうと試みてるんやけど・・・

 

いろんな意味を以て・・・

「仏様に・・・なりたいなぁ」って

そない・・・思うわ

 

 

We Can Do It!

Yey!!

「北岡道場」では・・・夏休みとか、冬休みとか、長期の休みの時に、子供たちに作文を書いてきてもらうことがある

テーマは・・・「柔道」「道場」を絡めた、自分の想いなど・・・

 

文章力の向上っちゅう意味もあるけど・・・

実際には・・・作文の中に、彼らの本音や考えてることが、見え隠れするっちゅう部分の方が大きいかも知れへんな?

 

 

この前の夏休みにも・・・

道場生全員に、作文を書いてきてもらった

 

 

書いてきてくれた内容の中には・・・

「高校になったら、柔道は続けないかも知れない」っていう内容なんかもあって・・・

俺自身・・・「柔道」(っていうより・・・仲間、ファミリーの大切さ)の楽しさを、ちゃんと伝えきれてやってないんかな?っていう反省をしてみたり・・・

 

また・・・

「仲間」「ファミリー」「感謝」「柔道ができることは、当たり前じゃない」etc・・・

俺が・・・普段から、彼らに伝えてることを、大切に想ってくれてる内容もあったり・・・

 

ほんで・・・

俺が・・・毎年年末に、子供たちに書かせてもらってる、「言葉」や「禅語」を、大切に心にしまってくれてる子もおったり・・・

 

ホンマに、「適当」なことは言われへんな?

ホンマに、「適当」なこと伝えられへんな?

ほんで、また、俺自身も・・・

「責任を持った行動」をせなアカンな?

「責任を持った言葉」を吐き出さなアカンな?

・・・・・って、あらためて、そない感じさせられた

 

 

 

 

 

話が・・・全然、変わってしまうけど・・・

ちょっと前の練習の時・・・

「返事」を、モゴモゴ言うてる子たち数名に・・・雷を落とした

 

 

俺は・・・以前から、この場で何べんも言うてるんやけど・・・

「柔道」のことに関して、子供たちを叱ったことは、いっぺんもない

 

もちろん・・・「引き手の位置」「釣り手の位置」「足の置き場所」「引き手を離すな」っちゅうようなことは・・・

「お前ら・・・何べん言うたら、分かるんじゃい!?」って・・・冗談も交えながらやけど、ガツンと言うことはあるよ

 

せやけど・・・

試合であろうが・・・練習であろうが・・・

「なんで・・・練習したことが、できへんねん!?」

「なんで・・・あの場面で、あの技を出せへんねん!?」

「なんで・・・そこで、後ろの技ができんねん!?」

・・・って・・・柔道の内容で叱ることは、一切せえへん

 

もちろん・・・

「こないした方が、ええで!」とか・・・

「あの場面では、後ろが利くねん!」とか・・・

そういった、アドバスはするけど・・・叱るっちゅうことは、まず、あれへん

 

 

そないして考えたら・・・

俺自身・・・柔道の道場として、「北岡道場」を運営してるけど・・・

子供たちに、「柔道」っちゅもんを、教えてやってへんのかも知れへんなぁ?(笑)

 

 

まぁ、正直・・・「柔道」を突き詰めてやるのは・・・高校や大学になってからで、ええんとちゃうかな?って、思ってるのも事実やし・・・

せやから、今は・・・

「「柔道」を通じて、大切な何かを学んでほしい」っていう・・・

そっちのウェイトの方が、圧倒的にデカいかな?

 

 

 

最近は・・・(このHPがあるから)体験をしに来てくれる、ほとんどの方が、このHP(ブログ)を見てから来てくれる

 

せやから、以前みたいに・・・

「ウチ(北岡道場(俺))は・・・「柔道」を教えるつもりはないで」とか・・・

「「柔道」の結果を求めるんやったら、ウチ(北岡道場)には来るべきではないと思うで」とか・・

「「柔道」は二の次、三の次・・・「じゃあ、一番は何?」って聞かれると・・・「これです」っていう答えはあれへんけど、「柔道」を通じて、学ばなアカンことが仰山あると、俺は思うよ」とか・・・

そんな会話を・・・体験に来られた方と話すことは、限りなく少なくなった

 

 

HPを見てもらって(要するに、このブログを見てもらって)・・・「俺の考え」とか「道場の方針」を、ある程度、分かった上で体験に来てくれてるんやろうから・・・

その場で、俺自身が取り繕うように、ヤイヤイ言うよりも・・・

道場内の・・・空気感、雰囲気、子供たちの顔、子供たちの行動、父兄の雰囲気、父兄のアバウトさ(笑)などを見てもらえたら・・・

それで、十二分に分かってもらえるやろうと思うし・・・ブログに書いてる内容が、ウソか?ホンマか?の「答え合わせ」かって、その場でしてもらえるやろうしな?

「百聞は一見にしかず」っちゅうやつやな?

 

 

 

 

 

話を元に戻すけど・・・

柔道の内容に関しては、一切叱れへんのとは裏腹に・・・

「挨拶」「返事」なんかを、ちゃんとせえへん場合は・・・メチャメチャ、うるさく言う

 

また・・・

「靴のかかとを踏んでる」「親に暴言を吐く」「柔道衣を適当にあしらう」などに関しても・・・結構な勢いで叱るし・・・

「米粒を残すな」「人が話してる時に、前を通るな」「嘘はつくな」「約束は破るな」「ファミリー(仲間)を大切にせえ」etc・・・

そないなことも・・・徹底して、子供たちに伝えてる

 

 

ほんで、また・・・

一生懸命やらなアカン時に、適当にやってる者に関しては・・・如何なる場合においても、絶対に許されへん

 

正直・・・俺にとったら・・・

今現在の彼らの「勝敗」なんていうもんは・・・ある意味どうでもええ

 

せやけど・・・

試合であれ・・・練習であれ・・・

真剣に立ち向かっていかへんかったり・・・途中で諦めたり・・・最初から尻込みしたりしとったり・・・「適当」にやっとったりしたら・・・かなりデカい、雷を落とす

 

「お前・・・今日、この場に、どないして来たんじゃ!?  お父ちゃん、お母ちゃんが、送ってきてくれたんとちゃうんか!?」

「お前・・・その柔道衣、お前が汗水たらして働いて買ったんか!? お父ちゃん、お母ちゃんが、仕事をして買ってくれたんとちゃうんか?」

「お前の背中を押してくれる人達を、裏切るような行動をすることは、絶対に許さへんぞ!」

・・・っていう感じで・・・目ン玉に力込めて、思いっきり叱り飛ばすねん

(それでも・・・2回目までは、黙認してるんやけどな(^^)  3回目は、「ない」っちゅうこと(笑))

 

 

そない、ガツンと言いながらも・・・子供たちに、分かりやすく理解してもらうために、違う角度から諭すようにこない言う

「もし、お前が・・・お父さんの仕事をしてる姿を見に行った時に・・・お父さんが、ダラダラ仕事しとったら、どない思うねん?」

「もし、お前の・・・お母さんが、家で何もせんとダラダラして・・・家の中が散らかしっぱなしになっとたら、どない思うねん?」

 

そない聞いたら・・・

みんながみんな・・・「嫌です」「格好悪いと思う」「ダメだと思う」って、ヌカシよる

 

「それやったら・・・お前らは、お前らで、己のやるべきことを一生懸命取り組まんかえっ!!

今は、「柔道」をやる時や!

「柔道」をする時は、一生懸命「柔道」せえ!

勉強する時は、一生懸命、勉強せえ!

飯食う時は、一生懸命、飯食え!

ゲームする時は、一生懸命、ゲームせえ!

要するに・・・

今、与えられた環境の中で、与えられたことを、精一杯やる!

それが・・・ケジメや!」

俺は・・・彼らに、そない伝える

 

 

要するに・・・

お父さん、お母さん、兄弟たち・・・みんな、それぞれがそれぞれの場所で頑張ってるんやから・・・

お前ら自身も・・・「与えられた環境の中で、最大限の努力をせんかえ!?」ってこと

 

俺は・・・

それこそが・・・『家族を大切に想う行動』やと・・・本気で考えてるから

 

 

 

いずれにしても・・・

「時」と「場所」、また「人」を見て行動してるようじゃ・・・まだまだアカンと、俺は思う

誰に対してでも・・・大きな声で「挨拶」や「返事」ができてこそ・・・ナンボやと、俺は思う

どこであってでも・・・一生懸命になれる子であってこそ・・・本物やと、俺は思う

 

メッキは、いずれ剥がれてしまう

メッキが、剥がれた時に「損」をしてしまうのは・・・結局、その子たち自身なんやから・・・

 

それやったら・・・

メッキじゃなく、芯から光り輝くように・・・

普段から・・・大きな声で「挨拶」や「返事」をするように心掛けたり・・・

普段から・・・一生懸命、物事に取り組める人であれるようなスタンスでおったり・・・

そないした方が、絶対にええんとちゃうんかな?って、俺は思う

 

 

せやから・・・

「柔道」は・・・二の次、三の次

「柔道」を通じて・・・大切な何かを学んでほしい

 

ほんで・・・

その学んだことを・・・自分の将来に、十二分に役立ててもらいたい

心から・・・そない、思っとんねん

 

 

 

子供たち自身は・・・きっと、今は分からへんことやと思う

 

そういった物事が、芯からできへん者は・・・

柔道なんか、ナンボ練習したって強くなりよれへん!っちゅうことや・・・

仕事や人間関係かって、表面上だけ頑張ったって、決して結果にはつながれへん!っちゅうことを・・・

 

当たり前やよな・・・彼らは、子供なんやから・・・

 

 

せやけど・・・

これから、大人になるにつれて・・・いずれ、「気付く」時がくるはずや

そう・・・いずれ、点と点が線で結ばれ始める時が、きっと訪れる

 

ただ・・・

その時が来るまでに、うるさいくらいに伝えてやれてなかったら・・・もしかしたら、「気付く」ことができへんかも知れへん

 

せやから・・・

今は、分からんかったとしても・・・徹底して、子供たちに伝え続けてやろうと思ってる

 

 

まだまだ、発展途上の俺が言うのは・・・ホンマに烏滸がましい限りやけど・・・

せやけど・・・

この歳になったら・・・見えんでもええようなことまで、見えてきてしまいよる

これが・・・「亀の甲より、年の功」っちゅうやつなんかな?

 

まぁ、いずれにしても・・・

「老婆心」全開で・・・「『昭和』の匂い」を、子供たちの体中に塗りたくったろやないかっ!(笑)

 

 

 

 

「それが、どないしたねん!?」

・・・・・っちゅう内容やったけど・・・

「北岡道場」(俺)の教育方針を、この場を借りて謳ってみた

 

 

We Can Do It!

Yey!!

 

8月29日(土)・・・柴田高校の選手たちが、遊びに来てくれた

 

柴田高校っていうたら・・・今年の宮城県高校柔道の団体優勝チーム

そんなチームの団体メンバーたちが・・・ウチみたいな、「ええ加減」な道場に遊びに来てくれた

 

恭佑と海士(共に高校3年生)が、柴田高校に在籍してたからこそ、柴田高校のメンバーが来てくれたっちゅうのは、大きな要因なんやけど・・・

それでも・・・

高校柔道界の県の優勝チームのメンバーが、全員そろって、こんな小さな町道場にきてくれるなんて・・・ホンマに、ありがたいことやよな?

 

柴田高校の皆さん!

子供たち(道場生)に・・・素晴らしい経験をさせていただいたこと・・・

この場を借りて、御礼申し上げます

ありがとうございました!

 

 

また・・・それに加えて・・・

柴田高校生数名(2年生等)・・・もちろん、清春、恭太、健之介(柴田高校の2年生連中)、SO(柴田高校1年)

ほんで・・・ウチのOBたち(凜杜(宮城農業高校3年:100㎏級準優勝)、元ちゃん(仙台三高)、ヤマト&タケル)も・・・揃って、顔を出してくれた

 

 

 

さてさて・・・練習内容は?っていうと・・・

もちろん・・・普段から、ビシバシにやるような道場じゃあれへんし・・・限りなく、「遊び」が優先なもんやから・・・

団体戦優勝チームに、凜杜先輩を加えた・・・計6名

普通じゃ考えられへんような、素晴らしいメンバーと・・・子供たち、試合をさせてもらった

 

2回、試合をしてもらってんけど(笑)・・・

ウチのメンバー・・・

1回目・・・チビココ(年少)、子豆(年中)、子猿(小1)、さく(小1)、あさひ(小1)、そうた(小2)の・・・ミニギャングチーム

2回目・・・リオン、びび、アホのキャプテン、オネエ、子地蔵、子豚(すべて6年生)の・・・ベストメンバー???チーム(苦笑)

・・・・・って、感じやった

 

もちろん・・・

2回とも・・・ウチのチームの完勝で、「宮城県高校柔道チャンピオンチーム」の称号は、きっちりいただいといたけどな!(^^)!(笑)

 

 

ほんで・・・

高校生の皆さんに・・・

打ち込みを、受けてもらって・・・

自由稽古を、何本も何本もやってもらって・・・

ホンマに・・・楽しい時間やったわ

 

 

柴田高校の選手たちは・・・数年前から、毎年のように、ウチの道場に遊びに来てくれるねんけど・・・

毎年毎年・・・来てくれた連中は、ウチ(北岡道場)の「ええ加減さ」を、身を以て感じてるんやろなぁ?

今回も・・・「聞きしに勝る「ええ加減さ」」っちゅうことが、大いに伝わったんとちゃうやろか?(^_^;)

 

 

俺は・・・ずっと前から、子供たちに、こない伝え続けてる

 

柔道は、「仲間」作りや!

道場の中でも然り・・・試合に行っても然り・・・合同練習に行っても然り

 

もちろん、試合をする相手は・・・「敵」ではない

試合をする以上・・・勝負事やから、一生懸命闘わなアカンけど・・・

でも・・・「敵」ではない

お互いが切磋琢磨できる、「ライバル」的存在や!

 

ほんで・・・

その「ライバル」的存在やった者同士が・・・やがて、高校に行ったら、「仲間」になるんや!

 

もちろん・・・

高校に行って、「仲間」になって・・・よその高校と試合をする場合であっても然り

その対戦相手たちも・・・決して、「敵」ではない

その場面では・・・お互い、必死になって闘わなアカンのは、もちろんやけど・・・

その必死になって闘った「ライバル」が・・・いずれ社会に出た時に、「仲間」になることもある

 

どんな場面で・・・いつ、どこで、誰と再会するかも分かれへんのが人生っちゅうもんなんやから・・・

せやから・・・

柔道を通じて、「仲間」を作ってほしい!

 

・・・・・・・・って

 

 

彼らは・・・今、正に、その状態なんやと思う

 

 

ウチ(北岡道場)みたいな、「ええ加減」な道場で・・・楽しみながら、柔道をやってきた者はじめ・・・

宮城県内の各道場に所属しとった、いろんな連中が・・・柴田高校っていうコミュニティーの中で出会って、「仲間」になって・・・

その「仲間」たちと、3年間切磋琢磨して・・・「仲間」一丸となって、宮城県大会を制した

 

ホンマに、素晴らしいことやと思うし・・・何よりも、彼ら自身が・・・「仲間」の大切さっちゅうもんを、身を以て感じてるはずやと思うねんよなぁ

現に・・・ひとりひとり、みんなの前でコメントをもらった時に・・・

「仲間」っていうフレーズが、大半の子たちから発せられてたから

 

 

 

 

帰り際・・・

ある選手が・・・俺に言うてくれた

「メチャメチャ、楽しかったです!」って・・・

 

その選手が・・・

小中学校時代・・・どのような柔道人生を歩んできたんか?・・・俺には分からん

 

せやけど、もしかしたら・・・

「柔道」=「楽しい」

・・・では、なかったんかなぁ???

彼の言葉の端々から・・・俺は、そんな風に感じ取れた

 

決して、それを否定するつもりもないし・・・蔑むつもりも、もちろんない

もしかしたら・・・

「柔道」は、武道であるが故・・・本来は、「楽しい」なんてことではなく・・・「勝負」の世界に、どっぷりと身を置かせてやることの方が正しいんかも知れへん

 

それでも、俺は・・・

「柔道」=「楽しい」

・・・・・を、子供たちに伝えてやることを選択して、「北岡道場」を立ち上げたし・・・今でも、その想いは、まったく変わってへん

 

それが、正しいんか?間違ってるんか?

もちろん・・・それらに「正解」なんちゅうもんはあれへん

 

 

ただ・・・いずれにしても・・・

たった一度しかあれへん・・・二度と戻ることのできへん・・・「その時間」に、己自身が身を置いてたことは、紛れもない事実なんやから・・・

「「その時間」を・・・これから先の己の人生、素晴らしい「必然」に結び付けれるように、前を向いて一生懸命歩いていくことが、何よりも大切なんやで!?」って・・・

余計なお世話やったけど・・・彼に、そないだけ伝えさせてもらった

 

 

 

いずれにしても・・・

子供(道場生)たちに・・・素晴らしい時間を与えてくれた、柴田高校の選手諸君

ほんで・・・

凜杜はじめ、ウチのOBの連中たち

 

そして・・・

後になってしまいましたが・・・

貴重な練習時間を、このような時間に変えてくださいました、柴田高校柔道部 狩野監督

心より、お礼申し上げます

ありがとうございました!

 

 

We Can Do It!

Yey!!

 

 

余談やけど・・・

「恭佑」と「海士」と「凜杜」

『追い出し会』 ~おかしな三人組~

 

彼らと・・・短い時間やったけど、組んで乱取りをした

 

当たり前のことやけど・・・

俺自身・・・あいつら3人に、敵うはずもなく・・・3人ともに、ケチョンケチョンに投げられまくったねんけど・・・

その投げられたこと(当たり前に、俺よりも強くなって・・・こんなに、素晴らしい青年に成長してくれたこと)が・・・

俺・・・嬉しくて嬉しくて、涙があふれ出てきたわ

 

今、道場に在籍してる子たち(上は、承吉、チン太郎、ヤッさん~下は、子豆、チビココまで)に・・・

いずれ、ケチョンケチョンに投げられる時を夢見て・・・

また・・・あいつらと、精いっぱい「遊ぼう」と思う

 

 

 

恭佑!

海士!

凜杜!

 

お前ら3人共・・・

ちっちゃい時は、「屁」みたいやったけど・・・

今・・・心の底から、あなたたちを誇りに思います

ありがとう!

今回は・・・個人的なことを書かせていただこうと思う

 

先般・・・大学を卒業した、長男(REN)が・・・仙台に戻ってきた

戻ってきたっていうのは・・・・・語弊があるな?

就職が決まって・・・たまたま、勤務地が仙台やったちゅうだけのことやねんけど・・・

 

 

7年前・・・

中学校卒業と同時に・・・

和歌山北高校に進学するために、「北岡」の家を出ていってしもうた

 

高校卒業後は・・・

大阪産業大学に進学して、東大阪で暮らしとった

 

柔道を続けるつもりで、大学に進学して・・・3年間は、一生懸命、柔道に没頭しとったみたいやけど・・・

大学3年生の冬・・・素晴らしい『縁』があって・・・結婚

その後・・・奥さんのお腹に、新しい「命」が宿って・・・

昨年9月・・・無事、長女が生まれた(俺にとっては、初孫やな)

 

 

せやけど・・・

その幸せを手に入れたことで・・・

「柔道」を続けることは、限りなく困難になってしもうた

 

「働かざる者食うべからず」

 

生活費はもちろんのこと、出産費用、ほんで、生まれてきた後の子供にかかる費用も、結構必要やからな?

 

 

大学1~2年生の間に、ほとんどの単位を取得しとったみたいで・・・

時間は十分にあったんやろな?・・・そういったことも、結婚を決めた己の計算のうちに入っとったんやろう?

残念ながら・・・「柔道」をする時間はなくなってしもうたけど・・・

その分、時間の許す限り・・・

早朝も深夜も関係なく・・・働けるだけ働いて、お金を稼いどったみたいやった

 

ちなみに・・・

彼の名誉のために記しておくけど・・・彼らが結婚をしてからは、俺ら夫婦は、彼らの手助けは一切させてもらってへん

さすがに・・・大学4年時生(最後の1年間)の学費だけは、親の役目やと思ってたから、それだけは払わせてもらったけど・・・

家賃はじめ、生活費、病院代、出産費用等含め・・・親(俺ら夫婦)からの援助は、すべて止めさせてもらった

 

 

俺は・・・己自身で、そうしたことによって・・・

彼の苦しい状況を知っとったけど・・・一切、手助けはせえへんかった

 

それどころか・・・そんな状況の彼に対して・・・

「周りの人間(柔道を続けてる同級生や他の選手等)は、日本一になろうと思って、日々精進してるんやぞ!?

お前自身は・・・状況が状況だけに、そこ(柔道界)から離脱したのはしゃあないとしてでも・・・「金を稼ぐ」っていうことだけやったら、誰にでもできるんとちゃうか?

そんな状況の中(昼夜問わず働いてる状況の中)でもあったとしても・・・おまえ自身が、上を目指そうと思ってるんやったら、やるべきことがあるんとちゃうんか?

人と同じことを、やっとるだけやったら・・・どんだけ頑張っても、人より頭一個分リードするのが関の山やぞ!?

RENよ・・・お前、「辛抱と努力」・・・忘れてへんか?」

・・・そない、彼を煽った

 

 

己自身が、その人生(みち)を選択して・・・己自身が、その状況を作ったんやから・・・

己自身で、己のケツを拭かん限り・・・ほんで、己自身で、己のケツを叩かん限り・・・

次のステージには上がることは、絶対にできへん

俺は・・・そない思ってる

 

俺自身が・・・似たような境遇で、一切の援助を断ち切られたっていう、親父からの「無言の教え」を受けたように・・・

俺も・・・彼のことを、彼の親父として、同じように突っぱねた

 

 

きっと・・・若い彼にとっては、「反発心」もあったことやと思う

俺自身も・・・若い頃、この上ない「反発心」を抱いてたから・・・彼の想いは、手に取るように分かった

 

せやけど・・・それ以上に・・・

「その「反発心」を、『反骨心』に変えてくれるやろう?」っていう・・・『信頼』があった

 

 

金銭面に関しては・・・

昼夜関係なく、必死になって働いた(当然、ほとんど休みなんかなく)ことが・・・会社に認められたんか?

大学4年生の半ばくらいには・・・

日中のみの仕事だけで・・・生活ができるくらいの給料体制の契約をしてもらえたみたいやった

 

後に、聞いた話やねんけど・・・

その契約交渉で・・・大学生にもかかわらず、50万円以上の給料をいただいてたちゅうねんから・・・それには、正直、恐れ入った

 

 

 

 

中学を卒業して、彼が家から出ていく時・・・

「もう、二度と仙台には帰ってけえへんやろうな?」っていう・・・この上ない寂しさと、片腕をもぎ取られるような刹那さを、奥歯で噛みしめながら・・・

「これでもかっ!」っていうくらい・・・俺、メチャメチャ泣いた

 

それでも・・・

心を鬼にして・・・「お前には、もう帰ってくる場所はあれへんねんぞ!」って、徹底して彼を突き放した

 

 

そんな彼が・・・

7年経った今・・・

良き伴侶を得て・・・ええ「お父ちゃん」になって・・・生まれ故郷である、仙台の地に戻ってきよった

 

さっきも記したけど・・・

決して、俺らの元(北岡の家)に、戻ってきた訳ではあれへんねんけど・・・

それでも・・・明美さんと・・・

「こんなこともあるんやなぁ~?」って・・・二人で目を細めた

 

 

 

 

彼が・・・中学校3年生の冬

高校受験を間近に控えた時期(1月やったかな?)の実力テストの点数は・・・『96点』やった

1教科やないで!?・・・5教科の合計点数がやで!?

 

進学しようとしてた高校(和歌山北高校)の監督から・・・

「受験当日のテストで・・・何の教科であれ、0点だけは取らさんように!」って、釘を刺された

 

 

普通やったら、「0点」なんか、取る方が難しい点数やけど・・・

俺ら夫婦は、本気になって心配したよ(^^;)

 

 

親として・・・

学力が伴えへんかったこと(勉強をする環境を与えへんかったこと)に対して・・・言い訳をするつもりはない

それどころか・・・もうちょっと、自身で勉強をするような環境作りをしてやった方が良かったんかも知れへんな?って、「反省」すらしてる

 

せやけど・・・

「反省」はしてるけど・・・「後悔」はしてへん

 

何故なら・・・

彼にとっての、あの時期は・・・「机の上で学ぶこと以上に、学ばなアカンことがある!」って・・・俺は、本気で思っとったから・・・

もちろん、今でも・・・信念を持って、そない思ってる

 

せやから・・・

SOに対しても・・・同じように、世間を泳がせてきたつもりでおるし・・・

YAMATOに対しても・・・これから、同じように黙って見守っていこうと考えてる

 

 

中学時代・・・あないして、目には見えへん境界線(一歩外に出たら、アウトロー)の中で・・・自由気ままに、いろんな経験をさせてやったことで・・・

いろんな物事に対する「許容範囲」っちゅうもんを、他者よりも早くに学んでもらえたんとちゃうんかな?って・・・俺は、個人的にそない感じてる

 

俺ら親側からしても・・・

彼自身が、その「許容範囲」が分かってへんかったら・・・

15歳の少年の背中に、「自己責任」を背負わせて・・・1000㎞も離れた場所に、送り出すことなんかできへんかったからな?

 

 

 

世の中には・・・

「机上の空論」だけでは、答えを導き出されへんこと、答えに行きつけへんことが、山ほどある

 

だから・・・と言うて・・・

「勉強なんかせんでもええ!」なんてことを言うつもりは、まったくない

 

 

そうかと言うて・・・

彼自身・・・今から、96点やった中学時代に戻って、その点数を450点にすることは、どんだけ足掻いても不可能っちゅうもんや

だって・・・「過去」には、絶対に戻られへんから

 

せやけど・・・

これから先の人生で・・・あの時期(中学時代)に、450点取ってた者を追い抜くことは、もちろん可能やと思う

「過去」は変えられへんくても・・・「未来」っちゅうもんは、みんな平等に存在するからな

 

これからが・・・

そう、「社会に出てからが・・・ホンマの「勉強」をせなアカン時期になるんや!」ちゅうのも・・・俺の持論やねん

 

せやから、もちろん・・・

子供たちにも、徹底して、それを伝えながら育ててきた

 

 

ほんで、また・・・

俺自身・・・そんなことよりも、もっともっと大切やと思ってることがある

 

それは・・・

夫婦仲が良く・・・

家族を大切にして・・・

何事も「一生懸命」精進して・・・

子供が心を病んでしまったり、アウトロー(戻ってきたら、OKやと思うけど)になることなく・・・

そんな人生を、歩んでもらえることを・・・俺は、心の底から願ってる

 

 

出来て「当たり前」やと思ってる、単純明快なことが・・・

なかなか出来へんのが・・・・・人間っちゅうもんやからな

 

 

 

 

いずれにしても・・・

彼自身・・・企業に入社させていただいてから、約4ヶ月が経った

 

今のところ・・・何かを目論みながらも・・・

腰を据えて、将来を見据えて、今やるべきことを、「一生懸命」頑張ってるように見受けられる

 

 

ごっつい、残念なことやけど・・・後ろ向きな理由で・・・

せっかく、頑張って就職したのに・・・1週間程度で辞めてしまう子がおるって・・・よく耳にする

せっかく、頑張って高校や大学に入学したのに・・・1ヶ月程度で辞めてしまう子がおるって・・・よく耳にする

 

それって・・・

ものごっつい勿体ない話やなぁって・・・俺は思う

 

 

そう思うが故に・・・

前回のブログにも記した内容やけど・・・

『過程』の大切さ

 

我が子には・・・絶対に、簡単に物事からケツを捲ってもらいたくないと願うし・・・

ほんで・・・

決して、その場所には、己独りの力で立てたなんて思ってほしくはないと願ってきた

 

せやからこそ・・・

それらに関しては・・・彼らが、ちっちゃい時から、口うるさく言い続けてきたように思う

 

もちろん・・・

道場生(卒業生)たちに対しても・・・そない思うが故に、ずっと以前から同じことを伝え続けてきてる

 

 

文章にするから、ゴチャゴチャと記してしもうてるけど・・・

 

要するに・・・

「辛抱と努力をしろ!」

「不平不満を云うな!」

「与えられた環境の中で、最大限の努力をしろ!」

 

ほんで・・・

「その人(己がお世話になる師匠や上司等)の正面だけを見るんやなくて・・・その人の後ろをのぞき込んで、その人の「足跡」を見れる人になれ!」っちゅうこと!

 

かと言うて・・・

「辛抱」して・・・「努力」して・・・歯を食いしばっとったら・・・

必ず、成功するとは限らへんけど・・・

 

せやけど・・・

「成功した者は、皆すべからく努力をしとる」っちゅうこと!

 

 

いずれにしても・・・

与えられた環境(己自身が選択した場所)の中で、最大限の努力をせえへん限り・・・

己自身の将来には、つながっていかへんのんとちゃうんかな?

ほんで・・・

己自身の将来の言葉に、『言霊』っちゅうもんが乗っかれへんのんとちゃうんかな?

・・・・・って、俺は、そない思うねん

 

 

 

 

幸いなことに・・・

今年、柴田高校に入学(柔道部に入部)させていただいた、SO(次男坊)に関しても・・・

音を上げることなく・・・己自身が選択した場所で、腰を据えて頑張ってくれてる

 

彼(SO)自身が・・・監督の意図や、監督が歩んでこられた足跡を、しっかりとのぞき込めてるかどうか?は・・・今の段階では、不明瞭や

 

せやけど・・・

俺が、彼に言い続けてきたことは・・・彼の心の中に、きっと残ってくれてることやと思う

 

せやから・・・

その・・・俺が伝え続けてきたことの上に、彼自身が、しっかりと足場を固めて、腰を据えて・・・

その場所で、「一生懸命」な3年間を過ごすことができたなら・・・

将来(近い将来なのか?遠い将来なのか?は分からんけど・・・)・・・

監督が、どのように愛情をかけてくださってたのか?を、知る時がきっと訪れるやろう

 

ほんで・・・

それを、理解しはじめた時にこそ・・・

己の背中に背負い込んでる『責任』っちゅうもんが・・・大きな意味を持ち始める時なんや

 

 

せやからこそ・・・

与えられた環境の中で・・・

簡単に物事を投げ出してしまうことなく・・・諦めてしまうことなく・・・悲観することなく・・・

腰を据えて、「一生懸命」精進してもらいたいって願うんよ

 

もちろんのことやけど・・・

それは・・・我が子だけではなくて・・・道場生(卒業生)に対しても、同じように願ってる

 

 

 

「北岡家家訓」

「道場訓」でもあるけど・・・

一、「辛抱」と「努力」をすること

一、不平不満を云わぬこと

一、与えられた環境の中で最大限の努力をすること

「努力」したことが、すべて報われるとは限らへん

せやけど・・・

成功した者は、皆すべからく「努力」しとる

 

 

We Can Do It!

Yey!!

 

 

ちなみに・・・

前回記したブログの・・・

「ある方」のブログに・・・」の・・・「ある方」は・・・?

皆さん、お分かりやろうと思うけど・・・

「凌門塾の佐々木先生」やよ(^^)

 

あの方とは・・・子供に対する「教育方針」っちゅうんか?(「持論」って言うてしまえば、それまでなんやけど・・・)

何に重点を置くか?っちゅう部分が、よく似てるんかな?って・・・俺は、勝手にそない感じてる

ある方のブログの中に・・・こんな、内容が記してあった

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

よく、すぐに辞める人々の言い訳を聞いてみると

「思っていたのと違う」

なんてのが多く耳にしますので。

一次的な見解で判断するのは、あまりにも稚拙ですが、なんかそんなケースが多くみて取れます、最近。

「思っていたのと違う」ならば、違った形に馴染んでみよう、とか、なんで違うのか探ってみよう、などといった逞しい人間になってもらえたら嬉しい。
そんな気持ちで、子供達と接しています。

勿論、各御家庭で各々の方針がありますでしょうから、押し付けではなく、こんなケースもあるよ、くらいの感覚で。

我が家では、そこは相当厳しくしています。

 

当然のことながら…。
前半に記した、両先生に関する見解は、単なる僕の憶測そのものであります。

リスペクトするが故に、自分が学ぶなら、「楽しそう」ではなく、「楽しくするにはこんな苦労があるんだ」と考えながら学んでみたい。
そう思ったが故に、こんな感想を記してみました。

かの手塚治虫先生の側近が、手塚先生を「富士山」と評した話が、ずっと僕の胸に残っています。
意味は…。
遠くから眺めると素晴らしい。
けど、近くで見ると、ゴミだらけで汚かったり、断崖絶壁で厳しい光景だったり、天気がコロコロ変わったり…だそうです(笑)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

俺自身・・・この方ではあれへんから・・・

もちろん、すべての考えが、完全に一致するわけではあれへんけど・・・

せやけど・・・云わんとしてることの大部分、ほんで、この方の考えてる「教育論」の大部分は、この短い文面からだけで十分に理解はできる

 

俺自身も・・・同じような?(同じではないかな?)ことを、我が子に対して伝え続けてきたからやと思うけど・・・

 

 

例えば・・・

俺は、子供たち(我が子)に、こないなことを伝えてきた

 

その人が・・・何を考え、何を想い、どのような意図を持って、その言葉を発してるんか?・・・どのような意図を持って、その行動をしてるんか?

「その人の正面の姿や、正面からの発する言葉だけで判断することは、絶対にするな!」って

 

要するに・・・その人を真正面からだけ見て、判断するんではなく・・・

「その人が・・・歩んできた「道」や「足跡」を見れる人になれ!」

「その人が・・・何を想い、何を背負い込んで、行動・言動を起こしてるんか?を感じられる人になれ!」ってこと

 

 

分かりやすく言うたら・・・

初めから・・・「社長」の人なんかおらん!

初めから・・・「道場長」の人なんかおらん!

初めから・・・「先生」の人なんかおらん!

 

自分の思い通りになれへんから・・・とか・・・

自分のご都合に噛み合わへんから・・・とか・・・

自分だけが大変な状況にあるような被害者ヅラして・・・とか・・・

わずか、1週間や1ヶ月で・・・まして、数回会っただけで・・・その人の「考え」や「想い」、ほんで、その人が発する言葉の「真意」が分かるはずがない!

 

それを、本気で理解しようと思ったら・・・

それを、本気で感じようと思ったら・・・

それを、本気で受け止めようと思ったら・・・

まずは、己自身が「一生懸命」にならんとアカン!

腰を据えて、歯を食いしばって、「一生懸命」になれへんかったら・・・その人の「真意」は、絶対に見えへん!

 

要するに・・・まずは、思い通りになれへんであろう、「与えられた環境の中で、最大限の辛抱と努力をせえ!」っちゅうことや!

・・・・・って

 

 

これは・・・あくまで、俺の持論であって・・・

俺自身が、勝手に思ってることなんやけど・・・

 

まず、それができへん者は・・・

どこに行っても、同じことを繰り返すやろうし・・・

そないなると・・・

どこに行っても、(その人には)真剣な目ン玉では接してもらわれへんのんとちゃうんかな?って思う

 

 

 

愛する我が子は、可愛い・・・・・ホンマに、可愛い

そんな我が子に対して、厳しく接したり・・・我が子をあえて、しんどい場所に追いやることは・・・親としては、ホンマに心苦しいこと

こんな俺でさえ(笑)、あまりに厳しくし過ぎて・・・

「可哀そうやなぁ」って・・・子育て中、ずっと感じてきたくらいやねんから(今現在も・・・SO(次男)やYAMATO(三男)に対しては、「可哀そうなことをしてもうてるなぁ」って、日々思ってるよ)・・・(笑)

 

せやけど・・・

「可哀そうやなぁ」って思いながらも・・・彼らに「しんどい経験」や、「歯を食いしばること」、「腰を据えること」を覚えてもらうことは、絶対に必要や!って、己に言い聞かせて・・・・・心を鬼にして、我が子を徹底的に突き放してきた(突き放してる)

 

なんでか?

 

彼らが、大人になった時に・・・

周りから・・・違う意味で「可哀そうな奴やなぁ」って、冷ややかな目で蔑まれることの方が、絶対に嫌や!っていう持論があった(ある)からやな?

 

 

 

 

先日・・・長女(悠葉先生)と話してたら・・・彼女が、こう言うた

「『北岡家』の教育は・・・特殊やと思う(笑)」って

 

もしかしたら・・・

よそから見たら、「特殊」なんかも知れへんな?(^^;)

 

せやけど・・・

冒頭に記させていただいた、ある方のブログの内容も然りやけど・・・

要するに・・・何を重要視するんか?っていうのは・・・各家庭の考え方なんやと思う

 

せやから、ウチ(北岡家:俺)は・・・

そういった部分に関することを重要視して・・・徹底的に、うるさく言うてきたっていうだけのことなんやろう?

 

 

もちろん・・・

それが・・・正しかったんか?間違っとったんか?

それは・・・現時点では、俺にも分からん

その解答は・・・彼ら自身が、彼ら自身のこれから人生の中で、点と点をつなぎ合わせて導き出していくしかあれへんことや

 

 

 

 

 

ちょっと、掛け離れてしまうけど・・・

俺が、ものごっつい尊敬してる方が、こない言うとった

 

自分が過去に抱えた不始末や、自ら発した罵詈雑言が誰かを傷つけた。

そのことが分かってないから問題になっとるんや。

その仕返しが「悩み」や「不安」として己にやってくるんや。

・・・・・って

 

その意味を、深く深く理解しようとしてみたら・・・

今、己がとるべき行動は、自ずと分かってくるはずや

 

もちろん、俺自身も・・・まだまだ勉強中の身・・・ほんで、まだまだ修行中の身

 

平坦な「道」も・・・崖っぷちの「道」も・・・道なき「道」も・・・

己の足で、一歩一歩踏みしめて歩いた「道」しか・・・己の「道」にはならん!

そない思ってるから・・・どんな「道」であってでも、己の足で歩いていく

 

当然のことながら・・・

いかなる場面であっても、筋道を通すことを大前提としながらな!

 

 

もちろん・・・

子供たち(我が子)にも・・・どんなに苦しい「道」であっても、己自身の足で歩いてもらう

後ろを振り返った時に・・・己の「足跡」を誇れる人になってもらえるように・・・

 

 

そうして・・・到達した場所から見えるのは・・・・・

下界に広がる、きれいな景色じゃなくて・・・

その先にそびえる、はるか高い山であってほしいって・・・・・俺は、そない願ってる

 

 

もし、俺(親)が・・・

道を舗装してやって・・・目の前の壁を打ち砕いてやって・・・すべての道を、歩きやすい道に整えてやったとして・・・

それで、到達した場所からは・・・彼らには、一体、何が見えるやろか?

 

 

同じ場所から見る景色であっても・・・見る人によって、大きく大きく違って見える

 

その見える景色の違いにこそ・・・・・

「『過程』の大切さ」っちゅうもんが、大きく影響してるんやないやろうか?・・・・・って、俺は思う

 

 

We Can Do It!

Yey!!

 

 

 

6月3日(水)・・・4月上旬に発令された「緊急事態宣言」から、約2ヶ月振りに「北岡道場」の練習を再開した

 

現実的には・・・3月初旬から、学校が休校になってしもうたため・・・自粛モードの2週間を過ごして・・・

その後・・・辛うじて、3月21日(土)に、ヤマタケソウココの「追い出し会」は開催したものの・・・

例の如く・・・我らは「北岡道場」やから・・・練習っちゅう練習は、もちろんやれへんわな?(^^;)

ヤマタケソウココと、柔道衣を着て戯れるだけの時間を過ごしただけで終わってしもうた

 

したがって・・・

現実的には・・・大方3ヶ月ほどは、道場生全員、柔道をしてへんことになる

 

 

せやから・・・

いきなり、柔道衣を着て、柔道の練習をするなんて無理やろうと思っとったし・・・

ほんで、また・・・

俗にいう「3密」っちゅうもんを避けるためにも・・・道場のそばの田んぼ道を、みんなで走ることから始めることにした

 

 

田んぼ道を・・・約30分ほど、ロードワークして・・・

50mダッシュを3本して・・・

道場に戻って・・・回転運動&首の補強運動

 

わずか、1時間ほどの練習内容やったけど・・・

みんな・・・体重は増えてるし・・・体力は落ちてるし・・・

一番、ヤバイなって感じたのは、回転運動の時に、首がグラグラになってる子が何人かおって、「これは・・・柔道衣を着用して乱取りなんちゅうのは、当分無理やな」って、切実にそない思った

 

子供は、慣れるのも早いけど・・・大人と同じように、落ちるのもメッチャ早いなぁ?

 

 

 

 

俺は・・・普段から、子供たちに、しつこいくらいに伝えてることがある

「世の中に、『当たり前』のことなんか存在せえへんねんぞ!」

・・・・・ってこと

 

俺自身も・・・震災後に、やっとそない感じ始めたくらいやから、偉そうには言われへんけど・・・

 

せやけど・・・

普通に、飯が食えて・・・

普通に、風呂に入れて・・・

普通に、布団で眠れて・・・

普通に、学校(仕事)等に行けて・・・

普通に、柔道ができて・・・

普通に、家族で過ごすことができる

 

震災で・・・

お父さん、お母さんを亡くしてしもうて・・・お父さん、お母さんに、会いたくても会われへん子達は、ナンボでもおる

温かい御飯が、食われへんかった時期が長く続いた

風呂に入られへん時期が、何日もあった

人によっては・・・自分の家の自分の布団で寝られへん時期が、どんくらいあったんやろう?

 

 

ほんで、今回のコロナでも・・・

未だに、世界各国では・・・

ロックダウンが継続されとって、家から出られへん子供達が、たくさんおる

仕事を失って・・・仕事を探し求めてる人達が、たくさんおる

 

日本国内であっても・・・

東京や神奈川の子達は、まだ柔道(他の競技も)は出来てへんはずや

大学はじめ、高校の柔道部であっても、以前のように練習ができれへん学校が、ほとんどやと思う

 

もちろん・・・

それ自体のすべてを・・・道場生(小学生や中学生の子供たち)みんなに、「理解しろ」って言うても、無理なことくらい、俺かって重々分かってる

 

せやけど・・・

どんなことであれ、言い続けてやらなアカンと思うんよ!

分かれへんかったとしても・・・理解できへんかったとしても・・・

そないなことを、伝えてやるべきなんやないんかな?って、俺は思ってんねん

 

せやから、この前の練習の時も・・・

しつこいくらいに・・・「『当たり前』のことなんか、何ひとつないんねんぞ!」って、子供たちに言うといたった(笑)

 

 

 

 

いずれにしても・・・

親御さんの仕事の都合で、参加できへんかった子が、何名かおったけど・・・ほとんどの生徒は参加してくれて、子供たちの元気な顔を見れて良かった

 

 

せやけど、この先・・・

もしかしたら・・・第2波、第3波が起こったり・・・

また他の何かで、みんなで集まられへんようなことがあるかも知れへん

 

せやからこそ・・・与えられた日常を、『当たり前』やと思わんと・・・

「「何気ない日常」ほど、ありがたいことはないんや!」って・・・そない思って、自分自身や子供たちと向き合っていきたいと思う

 

 

We Can Do It!

Yey!!

 

 

 

 卒業生の『名札』

 

 ココちゃん・・・内股!

 

 タケル・・・内股!

 

 ヤマト・・・内股!

 

 タモツ・・・内股!

 

 SO・・・背負い投げ!

 

 最後の「投げ込み」

 

 メッチャ・・・感慨深い

 

 ココちゃん・・・直紀に投げられて・・・

 

 順子に投げられて・・・

 

 ヤマタケ・・・姐さんに投げられて・・・

 

 SO・・・明美さんに投げられて・・・

 

 1+1=???!(^^)!

 

 追い出し会

 

 はじまり! はじまり~!

 

 SOが・・・泣いて・・・

 

 タケルが・・・泣いて・・・

 

  ヤマトが・・・泣いて・・・

 

 先生・・・手の動きが怪しくて・・・

 

 ココちゃん・・・可愛くて・・・

 

 順子が・・・泣いて・・・

 

 長渕が・・・歌って・・・(^^)

 

 姐さんが・・・泣いて・・・

 

 明美さんが・・・泣いて・・・

 

 オッサンも・・・泣いて・・・

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・

 

 コーヒーにすれば良かった(+_+)

 

北岡道場訓が書かれてる(表)・・・

ヤマタケSOココのちっちゃい時の写真がデザインされてる(裏)・・・

 素晴らしいTシャツをもらった!(^^)!

 

熊(恭太)の顔がデザインされてる

こんなTシャツ(昨年の追い出し会でもらって、イベントの度に着用してる(笑))・・・

着てる場合じゃない!(笑)

 

 SO・・・おめでとう!

 

 ヤマト・・・おめでとう!

 

 『ヤマ タケ SO ココ』

 

 卒業生への贈り物

 

 ヤマト

 

 SO

 

 ココちゃん(凜杜の上に書くところが素晴らしい! 家庭内の立ち位置が分かる(笑))

 

 タケル

 

 卒業生の約束の印!

辛抱しろ! 努力しろ!

卒業しても、あらゆる場面で、この道場訓を守れる約束として、名前を書いてもらう(^^)

 

 『北岡道場 卒業生』

 

 ありがとう!

 

頑張れっ!!

ヤマト!

タケル!

SO!

ココちゃん!

 

 

 

紅茶にすれば良かった(+_+)

いや・・・やっぱりコーラの方がスッキリしたかも?(+_+)

 

 

We Can Do It!

Yey!!

新着情報

北岡道場連絡先

983-0821
宮城県仙台市宮城野区
岩切字昭和北2-15

【連絡先】
022-782-7780
(きたおか接骨院内)

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