できへんかった「恩返し」

10月15日・・・ALSOK(綜合警備保障)で勤めてた時の同僚のノリ(今でも、ごっつい仲良し)から、電話があった

 

ノリ:「耕太郎・・・関東方面から、連絡あった?」

俺:「いや・・・ないで(あぁ、ええ連絡じゃないな?)」

ノリ:「今井信さん・・・亡くなったらしいよ」

俺:「・・・・・・・・・・・・・・・」

ノリ:「耕太郎・・・固まるなよ」

俺:「・・・・・・・・・・・・・・」

 

大切な人(今井次長)の訃報やった

俺とノリが若い頃(そう、生意気盛り全開の時)に、お世話になった上司の方(今は、ALSOKの取締役やから、メチャメチャすごい方)の訃報やったねん

 

ノリ自身も・・・若い頃に、ALSOKを退職して(今は、介護施設を運営する会社を立ち上げてる)るから・・・

情報としては・・・「不確かな情報なんだけどね・・・」っていうことやった

せやから、俺は・・・すぐに、ALSOK本社の人事部に連絡をして、己自身の耳で確かめた

 

 

現実・・・・・やった

 

 

 

俺は・・・若い頃、これでもかっ!っていうくらい・・・生意気な若造やった

「最近の若者は・・・」

 

営業マンは、毎月一回、営業会議っちゅうもんがあって・・・そこで、その月の契約実績を発表する(「今月の契約は、〇件です  来月の見込みは、〇件です」ってな感じでな)

俺は・・・その営業会議っちゅうもんほど「アホらしくて、くだらんもんはない!」って思ってた(若気の至りですな(^_^;))

 

その営業会議中(営業マンが50名ほど集まった会議  もちろん、支社長、次長、営業課長も出席される)・・・

ノリと営業情報(やったかな?)の話をしとった(「他の営業マンの契約件数を聞いて、何になるねん!?」って、本気で思っとったからな)

 

そしたら・・・当時の横浜支社の次長が・・・

「なんだ! 新横浜事務所!(俺とノリのこと) 話を聞かないんなら、帰れ!(怒)」

そない・・・仰られた

 

普通やったら・・・

「申し訳ございません」って、なる場面なんやろうけど・・・

 

俺とノリは・・・

「おっ、帰ってええんやってよ!? 帰ろうぜ!」

そない言いながら・・・会議室から、普通に「失礼しま~す」っていいながら、帰ってしまうような、クソ生意気な若造(達)やった

 

「営業マンは、営業成績を上げてナンボや! 先輩やろうが、上司やろうが・・・なんも言わせへんくらいの結果を出したらええだけの話やろ!?」

若気の至りとは、ホンマに恐ろしいもんで・・・俺は、本気でそんな風に考えとった時期があった

 

 

その後・・・

新横浜事務所は・・・「横浜北支社」に格上げされる

横浜アリーナの裏に、自社ビル構えて、新たなスタートを切ることとなった

俺が・・・24歳の時やったかな?

 

当然・・・支社に格上げになるからには・・・支社長はじめ、次長、営業課長、総務課長etc・・・が、新たに配属されることになる

事務所長を筆頭にした、12~13人ほどの体制とは大きく異なり・・・支社のワンフロアでさえ、100人規模の大きな所帯になる

 

俺とノリは・・・

事務所体制の中・・・好き放題、やりたい放題で、仕事をしとったから(悪い意味じゃなくて・・・誰に管理される訳でもなく、朝から晩まで、徹底して営業活動に打ち込めたっちゅうことやで)・・・

「支社になったら・・・また、新しく配属される上司たちと、やり合わんとアカンのかなぁ?」って・・・

そんな話を、ようしとった

 

 

そんな中・・・「横浜北支社」立ち上げ

 

そこで、出会ったのが・・・「今井次長」やった

 

今井次長は・・・俺より、13~14歳上の方

当時・・・37~38歳くらいやったと思うけど・・・その年齢での次長ポストは、異例の出世やったと聞いた

 

 

そんな、出世街道まっしぐらの方やったけど・・・

今井次長は・・・決して、俺(ら)のことを「色眼鏡」で見ることをせえへんかった

「アホ」を、当たり前に「アホ」って蔑みながらも・・・分別することなく、俺に接してくれた

要するに・・・「いち個人」として、俺の「個性」を見てくれた

 

尖ってて、上司の言うことは聞かへんけど・・・営業成績は、抜群にいい(自分で言うのは烏滸がましいけど、どうか許してほしい)

上席の方からしたら・・・大概、扱いにくくて、ややこしい社員やったと思う

 

そんな俺を・・・

「上手く扱おう」っていう感じで・・・おだてて、持ち上げながら接する訳でもなく・・・

「アホ」を、当たり前に「アホ」と蔑んでくれた

 

ある日の朝・・・俺とノリがデスクに座って話してた時・・・

今井次長が、出社されてきた

左手にカバンを持って、右手はズボンのポケットの中・・・

なんか、足払いをするような仕草をしながら、床を見ながら・・・「耕太郎! ノリ! 耕太郎! ノリ!」って繰り返し、俺らの名前を呼んでる

「なんすか? 次長!」

そない言うた俺らの顔を見て、今井次長・・・「なんだ、そこにいたのかよ? 床に落ちてるゴミが、お前たちかと思ったよ(笑)」

そう言うて・・・俺らのことを、蔑み、ゴミ扱いして笑っとった(今やったら、完全にパワハラっちゅうやつなんやろな?)

 

せやけど、その反面・・・

「お前(耕太郎)には、お前の良さがある!」

「お前にしか、できないことがある!」

そうやって・・・いつも、俺を認めてくれた

 

認めてくれてるのが、心に伝わってたからこそ・・・俺は、そんな今井次長が大好きやった

 

正に・・・俺にとっての「金八先生」やった

(後に・・・ALSOK退社時、「今井次長は、私にとって「金八先生」でした! ありがとうございました!」って、手紙を書いたことを思い出すよ)

 

 

 

俺が、ALSOKを退職する時も・・・

今井次長は・・・

「お前なら、大丈夫だよ!

でも、もしも・・・もう一度、俺といっしょに仕事がしたいと思ったなら、戻ってこいよ

その時は、俺が上に掛け合ってやるから・・・

お前とだったら、もう一回、いっしょに仕事がしたいと思うよ」

そない・・・言うてくれた

(当時、ALSOKは・・・いっぺん退社したら、再度入社することは不可能やったと思う(今は、どうか分からんけど))

 

それは・・・今井次長の優しさやったんやと思う

 

どんだけ、頑張っても・・・どんだけ、努力しても・・・

思い通りになれへんことは、山ほどある

その思い通りになれへんかった時(要するに、失敗した時)には、俺のとこ(古巣(ALSOK))に戻ってこい!

 

今井次長は、全部は語らんかったけど・・・俺には、そない言われてるように聞こえた

 

嬉しかった

メチャメチャ・・・嬉しかった

 

 

せやけど、その反面・・・

この先・・・この人の「漢気」に、甘えてしまうような人間に成り下がるようじゃ・・・俺は、アカン!

何としてでも・・・数年後、「ええ立ち姿勢」で、この人に会えるようにせなアカン!

そない・・・心に決めた瞬間でもあった

 

 

専門学校に通っとった・・・3年間

整形外科で修業しとった・・・1年間

接骨院を開業して、当初の1~2年間は・・・

俺自身も、毎日毎日、全力で走り続けとった時やったから・・・

今井次長に、連絡をさせていただくことはできへんかった

とにかく、己自身の足場を固めるのに必死やった時期やし・・・

まだまだ、今井次長の「漢気」に胸を張れるような状態ではあれへんかったからな?

 

 

 

それから、数年が過ぎて・・・

接骨院、道場、会社を立ち上げて・・・日々、忙しく動いとったある時・・・

仕事のついでやったんやろうけど・・・

「仙台に来てるんだよ! いっしょに、飯食おうぜ!」

今井次長は・・・そない、俺に電話をくださった

 

俺自身が、「この状態やったら、今井次長にお会いできるんかな?」っちゅうタイミングを、見計らったように・・・ご連絡をくださった

 

いっしょに、飯を食いながら・・・

その時も・・・

「お前なら、大丈夫だよ!」

そう言って・・・今井次長(その時は、もう部長になってたんかな?)は、笑っとった

 

 

その後・・・

今井次長は・・・大出世なさって、東京(現在は、ALSOKの取締役で、子会社の代表取締役社長を兼任なさっとった)勤務

もちろん・・・俺は、このとおり、仙台におる

 

せやから・・・なかなか、お会いする機会はなかったけど・・・

年に数回、電話で近況報告を兼ねて、連絡はさせていただいとった

 

昨年も・・・

REN(長男)の就職の件で・・・ご相談させていただいた際・・・

学生っちゅう立場で結婚して、子供まで生まれてくるRENのことを、包み隠さんと伝えてんけど・・・

 

今井次長は・・・

「お前の息子だったら、大丈夫だよ!  お前と同じ性格してんだろ!?  どんな状況でもやり遂げるよ!」

そない言いながら・・・電話口の向こうで、笑っとった

 

 

 

今年の春先・・・

「息子の勤務地が仙台になって、戻ってきました」

そない連絡させていただいたのが・・・今井次長との最後の会話になってしもうた

 

 

 

 

俺自身・・・今年50歳になる

年を重ねる毎に・・・

お世話になった方々が、一人、また一人と、「あちらの世界」に旅立たれる

 

ボクシングで、お世話になった・・・『筋野トレーナー』

『師匠』が残してくれたもの・・・

 

ガキの頃から、お世話になった・・・『隆勇のお母ちゃん』

もう一人の『お母ちゃん』

 

ほんで・・・『今井次長』

 

 

俺は・・・たくさんの人からの、溢れんばかりの『恩』を受けて、今まで生きてきた

いや・・・・・「生かされてきた」

 

せやから・・・

「「生かされてきた」この命を・・・この先は、誰かのために使いたい」

最近・・・そない考えるようなってきた

 

おまけに・・・

大切な人が、俺の前からいなくなる度に・・・

そういう想いが、なおさら強くなっていくんが・・・自分の中で手に取るように分かる

 

 

 

筋野トレーナーにも・・・

隆勇のお母ちゃんにも・・・

今井次長にも・・・

もちろん・・・

お父ちゃん、お母ちゃんはじめ・・・

俺を支えてくださった、たくさんの方々に対しても・・・

この先、『恩返し』なんていうもんは・・・きっと、できへんのやと俺は思ってる

 

せやからこそ・・・

「次の世代の人たちに・・・「生かされてる」この命を、使うことができたらええなぁ」って・・・そないな考えに行き着くんやろな?

 

ええ言い方をしたら・・・

『利他行』

・・・・・っちゅうやつなんかな?

 

 

 

 

「死」

それは・・・誰しもに訪れるもんであって・・・紛れもない「真理」や

ナンボ金を積んでも・・・どんだけ藻掻いても・・・その「真理」は、誰にも変えることはできへん

「こちらの世界(此岸)」と「あちらの世界(彼岸)」は・・・紙一重

たった一瞬の時によって・・・「あちらの世界」に導かれる

 

 

昨年くらいからかなぁ?

「仏教」っちゅうもんを、己自身で学ぼうと試みてるんやけど・・・

 

いろんな意味を以て・・・

「仏様に・・・なりたいなぁ」って

そない・・・思うわ

 

 

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